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2008年05月28日

みしゃご岩

三瀬海岸の「みしゃご岩」です。

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この岩の由来は鳥の「ミサゴ」から付いたと云われています。

「ミサゴ」なる鳥は、ワシ、タカの仲間で、昔はこの岩に棲息していたと
伝えられていますがどうなんでしょうか?(疑)

猛時化になると、波が全てをのみこんでしまうようなところに巣を作るでしょうかね?(謎)

ミサゴという鳥を調べてみましたが、断崖絶壁に巣を作り、水面から多少は
潜って魚を獲って岩の上など、決まった場所で食べる習性のある鳥とあります。


ということで、断崖絶壁は八乙女浦です。八乙女浦の断崖絶壁に巣を作り、
みしゃご岩から、魚を狙っていたのではないでしょうか。

食べる魚類も、ボラやスズキ、トビウオ、イワシとありますので正しく頷けます。

昔は三瀬川は現在よりも、葉山側に流れていましたから、真水の入るところにスズキなどが寄ってきたものでしょう。

大きな獲物を狙い過ぎると、魚の身から爪が外れず水中に引きずり込まれ
逆に魚から食べられてしまうようなドジなミサゴもいるのだとか…w

そんな理由からでは勿論ないでしょうけど、現在では全く見ることの出来なくなった鳥のようですね。

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結論ですが、「みしゃご」の由来は、ミサゴが獲物を狙っていた岩、又は獲物を捕えて食べていた岩という事からではないでしょうか。

習性からみても、巣は葉山の八乙女浦付近に作っていたものと考えるのが妥当のような気がします。

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2008年05月14日

金毘羅様

金毘羅様は社号を「金刀比羅神社」「琴平神社」と云って大物主神(おおものぬしのかみ)を
祭っています。

香川県琴平町にある神社であることはあまりにも有名ですよね。

琴平が古くからの呼称だったそうですが、金毘羅とはサンスクリット語で「クンビラー」鰐(ワニ)の意味で、鰐は海神竜王とされ、海難祈願を納受する神様であり、日本に渡ってきて金毘羅大権現になったのが始まりと云われています。

本来の日本の海の神は住吉大神と云われていますが、四国香川の琴平の地が海上の交通の要であったため、船頭、水夫や海上に携わった方達の信仰を集めるようになったようです。

現在でも、海上自衛隊や遠洋航海等に携わる人達の信仰を集めています。

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《三瀬の琴平岩の頂上から三瀬海水欲場、葉山を写す》

お年寄りがたまにこんぴらふねふね…香川県の民謡を歌い出す時がありますが、最後まで聞いた事はありません(爆)

「金毘羅船々(こんぴらふねふね)追風(おいて)に帆かけてシュラシュシュシュ
まわれば 四国は讃州(さんしゅう) 那珂の郡(なかのごおり)
象頭山(ぞうずさん) 金毘羅大権現(だいごんげん)一度まわれば

金毘羅み山の青葉のかげからキララララ金の御幣(ごへい)の 光がチョイさしゃ
海山雲霧(うみやまくもきり) 晴れわたる一度まわれば

金毘羅石段桜の真盛り(まさかり)キララララ振袖(ふりそで)島田が サッと上る裾(すそ)には降りくる 花の雲一度まわれば

阿波の殿様蜂須賀さま(はちすかさま)だよシュラシュシュシュ
私ゃあなたのそばそばそばだよほんとに金毘羅大権現 
一度まわれば

お宮は金毘羅船神さま(ふながみさま)だよキララララ
時化(しけ)でも無事だよ 雪洞(ぼんぼり)明るい
錨(いかり)を下して 遊ばんせ一度まわれば」

だそうですが、全部は覚えられませんよね(笑)

地元山形の民謡も最後まで歌えものがあるか疑問ですから…(自爆)

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琴平岩(大筒場)

琴平岩(大筒場)で、実際に大砲が発砲されたかされなかったか興味もある方もおられるでしょうが、発砲はしていないようですね。

嘉永元年の4月16日に飛島沖に異国船が現れたのに警戒して、4月30日に対応しての設置となった訳ですが、その当時の大砲はただの鉛の弾であって爆発する事の無い、避けられれば全く意味の無い威力の無い弾であったのだと言います。

御宮を右端に移動して大砲を設置したなごりがわかりますね。

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異国船に装置してある大砲は、日本の何倍もの威力のある大砲であったことを此方側も承知していたので、此方からは決して仕掛ける事はなかったと言います。


1853年には余りにも有名なペリー来航、黒船も浦賀に来ています。


余談ではありますが、こんな逸話も…。

「黒船の中で、江戸城の老中、その他がビールを飲まされたとか。
初めて見るビールは、正に小便壷のそのものに見えたとか…」


それからかなりの年月が経ち、戊辰戦争では、洋式砲術家の中村三内が「三瀬」「五十川」「浜温海」「大岩川」「鼠ヶ関」の5箇所に砲台を築いたという記録もあるようです。

正に大筒場ですね。

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琴平岩=大筒場

琴平岩=大筒場である。

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大筒場とは異国船を警戒して大砲を設置した場所です。さて、金毘羅様のお宮と大砲とどちらが先であるのだろうか?

天保13年(1842年)荘内打払絵図(中村陽之介)には姥岩と記されています。
安政2年(1855年)の三瀬組地方絵図には、すでに大筒場と記されている。しかしながら、
絵図を見るとどうみてもお宮である。

幸いにも「三瀬出張一式」(池田吉之助)という古文書が図書館にありました。嘉永元年(1848年)の4月30日の朝に加茂の大庄屋から大砲を運び、人足30名、大工4名に当時の三瀬の大庄屋(尾形八郎冶)立ち合いで、神主を呼び、お宮を右の方に移したと書かれています

この中に琴平岩のことをババ岩と書いてありました。にっぽん地名紀行(本間信治)には、ババとは崩壊地形に付けられることが多いとありますし、地名語源辞典にも崖や急斜面という意味で書かれていました。

最初は地形からで、いつのまにかババ、ウバから、姥や乳母の当て字が付けられ
姥捨て山伝説が独り歩きしたものと考えられます。

ということで、大筒場よりは琴平岩の方が間違いなく先であることがお分かり頂けたと思います。


金毘羅様のお宮は、1843年~1847年の4年の間に立てられた公算は高いのではないでしょうかね。

地形的には合致しますので恐らくはそうではなかとの確信は出て来ますが…。

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上記しましたが、姥捨て山ならぬ姥捨て岩ということになりますが、これはあくまでも伝承であってお年寄りを粗末にして捨てるという風習は勿論昔の鶴岡にもないようです。

鶴岡に関しては長生きして、藩からお米などの褒美を貰ったという記録は残っています。

取り敢えずは、琴平様のお宮は159年~163年の歴史があることになる筈です。現在は移されたお宮は気比神社境内に祭られています。

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なんか纏まらず解り難くて申し訳ありません。

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2008年05月09日

ゼンマイ最盛期

今シーズン10回目のゼンマイ採りに行って来ました。
連休後も激暇で、3日連続の入山です(笑)

ゼンマイは崖を好んで自生しています。
命綱がないと非常に危険です。

登りながら採ります。

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今年の山は昨年よりも早く、現在は大鳥付近のゼンマイが最盛期です。

エイトカンを使用して、下りながらも採ります。

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箱の中は一昨日の物で、黒ずんだのは昨日の物です。今日の分は緑色の物です。
大体同じ量なのですが、乾燥すると盗まれたみたいに減ります(笑)

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明日と明後日は仕事で入山できません。また月曜日に行こう(笑)

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2008年05月07日

琴平荘由来Ⅰ

毎回のようにお客様から聞かれることがあります。

琴平荘の由来である。それもそうだよなぁ~。

山形で琴平荘だなんて、香川県や四国の人でなくても不思議に思い、笑っちゃうのでしょうね。というかいつも笑われています(笑)

祖母の時代からで、親父もずっとその名前で商売をしてきたのだから、今更、変える事は出来ないだろうし…(爆)

地元の方なら知らぬ人はいないでしょうが、宿の側の岩を琴平岩と言います。

これは、やはり本家本元の讃岐の国で金毘羅様をお参りした先人が、海の神様と言う事で、海を一望できる所に祭ったものと考えるのが妥当でしょう。

その麓に立てた簡易宿泊所が、琴平荘の始まりです。もうちょい気のきいた名前と今は思うが、その当時、祖母はこれしかないほどの自信を持って付けた名前ではなかろうかなぁ~。

赤い鳥居が今も中腹に立っています。

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名前が名前なので、しょっちゅう聞かれるのです。

先だって、Mネラル工房さんに立ち寄った時にも2度程声を掛けられました。何れも県外ナンバー(奈良、滋賀)ではあったのですが…。

「運転手さん、四国から遥々来たのですか?」だって…。「いえ(汗;)違うんですよorz」

庄内ナンバーじゃないか!なんても言えないですしね(苦笑)


一日4、5百キロは走る事はしばしばあるが、四国までマイクロバスとなるとちょいと想像もできないくらい遠いよなw

まあ、今後も三瀬の琴平荘で頑張って行こう!

2008 05 07 | この記事へのリンク | この記事へのコメント (0) | トラックバック (0)




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